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手まり、『花七宝、紅葉』昨日各種サイトに展示

    日記

手まり、『花七宝、紅葉』昨日各種サイトに展示しました。

花七宝を作るのは3個目ですが色使いとしては新作です。

前回展示した『山の桜』『山の秋』両方とも

展示後すぐにお嫁入り先が決まってしまいました。
 
 
 
おそらく、今まで最速だと思います。

近日中に類似品を補充・・・と思う気持ちはあるのですが

別のイメージの色違いが作りたくて

それに、講座用の作品もまだ全部出来上がっていませんので

予定は未定です。
 
 
 
今まで、作品を作るときは

今見たイメージを写す

これを基本に作品つくりをしていましたので

1年間作りためた作品が少しづつお嫁入りが決まる

そんな感じだったのに、あまりの速さに

うれしい半分、寂しい半分です。

 

 

検索からのお客様

柳川まり用リリアン

柳川まりのつくりかたの本

 

こういう検索で私のところへたどり着くというのも

非常に複雑な気分です。

 

母はリリアンを好んで使用していましたが

理由が糸が安価だというのが最大の理由だったようです。

私としてはすごく微妙な反応しか出来ません。

 

祖母もリリアンを使用していましたが

祖母の場合は、近所に糸を売っているお店が無かったのです。

そして祖母に手まりの本と糸とのセットを渡し

自分に作り方を教えてほしい・・・

そのように言っていた方がいたことは知っているのですが

祖母とはどういうご縁の方だったのかは

全く知りません。

 

というのも、祖母とは別居していまして

夏休みの一時だけ祖母の家に行く

そういう感じでしたので。

おまけに当時の私は小学生でしたから。

 

子供が大人の世界に首を突っ込むことは

お行儀が悪いこととされていましたので

全くわからないのです。

 

でも、祖母のところに来ていた方は

とてもアクティブな方のようで

祖母は佐渡に住んでいたのですが

その方はよく遠出をされるようで

その時に糸等を買ってきていたようです。

 

リリアンは私は質感が嫌いなので使いませんが

母は、八千代の物が多かったです。

近所の手芸店にそれが売られていたからです。

後は、文化刺繍用のリリアンがカードに巻いて

販売されていますが、通販でないと手に入れるのは

難しいと思います。

 

 

柳川まりの本ですが

私は手まりの本、おそらく自費出版を除けば

ほぼ全て持っていますが

柳川まりだけを集めた本は無いです。

と言いますのも

現在は状況が少しずつ変化していますが

一時期、まだ尾崎千代子先生がご健在だったころは

日本手まりの会もかなりの会員がいたようで

尾崎先生監修で多くの本が出版されました。

 

各地の手まりのグループが

マコー社から本を出したのです。

でも、柳川まりを作るグループからの

本の出版はされていません。

 

ただそれらの本を見ると

柳川まりを作る方たちが好む模様は

部分的に集めることができます。

現在、多くの本が品切れという実質上の絶版になっています。

 

 

何回か書いていますが

柳川まりの最大の特徴は

手まりの土台の部分を完全に埋めてしまうのです。

 

柳川まりをお義母様から習ったと

言っていた方が言うには

土台は汚いものだから・・・

このように言っていました。

 

現在、私は土台の仕上げにロックミシン糸を巻いていますが

古い時代は洋裁の仕付け糸を使用していました。

ですので、それも大きな理由だと思います。

 

現在は柳川まりというとリリアンで作られたものが

泣きたいようなお値段で売られていますが

古くは草木染の木綿糸だったと聞きます。

これは私が持っている通信教育のテキストに書かれているのですが

いつから柳川まりがリリアンになったのかは

全くわかりません。

 

 

ただ先日、ヤフオクに出品されていた古い手まりで

戦中の物とされていました。

 

まず、その手まりの糸はリリアンで作られていました。

リリアンはWikiによれば

大正12年に京都の糸職人が人造絹糸(レーヨン)を使い

作ったもの。

となっているので戦中に存在はしていたようです。

 

デザインは納得のものでした。

三つ羽根亀甲を作り3箇所の空間に

日の丸

朝日

赤十字

これらがデザインされていました。

 

ただ糸の色があまりに鮮やかすぎたのです。

赤と白の糸で作られていましたが

リリアンはどんなに大事に保管していても

それなりに経年変化で色が年をとるのです。

ですので、デザインのセンスは戦中と思えるのですが

糸の色を見たときに違和感を感じました。

 

模様としては土台を全て糸で埋めるタイプでしたので

柳川流の方たちが好みそうな模様と感じました。

 

 

 

実はヤフオクにたまに出品される方で

ブログなどでは柳川流の方に習ったのか?

という印象の方がいるのですが

柳川流の縛りをしてしまうと

どうしても作るのが困難になる模様がいくつかあります。

その為、その方も柳川流とは違う模様

かつ、古典模様を作られていましたので

少しずつ昔の様式が崩れているのかな?

とも感じています。

 

私は母が他界した後は

祖母や母が残した資料、自分が集めた資料から

作品を作っていますので

柳川流の様式をもった手まりも作ったことはありますが

25番刺繍糸で作っている時点で

柳川まりと呼んで良いのか

かなり疑問に思います。

 

ただ古典的な菊などは、空間を模様の糸で埋めますので

その分、やはり手間がかかります。

ですので、柳川流の手まりとして紹介しています。
 
 

 

 

【記事まとめ】手まりの作り方

 


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